生物に共通な掛け算の理論(1)

 後期に入りました.
 うちの大学では2年前期で教養課程が終わり,これからは専門の授業がメインになります.
 今までの物理やら数学やらが終わって,やっと生物の専門科目ができるので授業を受けるのが楽しいですね.
 ようやく大学にキター!という感じです.

 専門科目の授業の中で個人的に最も楽しいのは,細胞内小器官の輸送系についての授業.先生がユニークです.「この分野は今発展途上で何年か後には教科書はうそになるから」とか言って,あまり個々の名称や詳しい働きについては触れません.その代わりに各現象それぞれに疑問点を見出し,「なぜ〜になるのか」を話し合いながら授業は展開されていきます.するとその疑問の素地には案外同じような理論が潜んでいたりするのです.生物の働きに共通した一般論が発見でき,生物のシステムは意外と共通性を持ってできているのだな,と目からウロコです.

 例えば今までの授業の中で出てきた「掛け算の理論」(→自分が勝手に名付けたものです^^;)を今日は紹介したいと思います.


 ある細胞小器官Aから細胞小器官Bにタンパク質を輸送する際,「小胞輸送」というかたちがとられます.これはタンパク質を集めた小胞をAから出芽させ,Bへ膜融合するかたちで輸送するシステムです.ここで小胞を形作る「出芽」には大きく3つの過程があります.

  1. 膜状のcargo receptorが輸送するタンパク質をつかまえる.
  2. そこに外側からadaptinがくっつくことでそれを固定する.
  3. さらに外側からclathrinがくっつく.

⇒これらが球状に形作られ,dynaminが切り取ることで球状の「小胞」が形成される.
http://www.sp.uconn.edu/~bi107vc/images/cell/clathrin_diagram.jpg

ここで1つの疑問が提示されました.

「なぜわざわざ3つの機構が存在するのでしょうか」

 つまり,なぜ小胞をつくるのに,cargo receptor,adaptin,clathrinという3つの構造物を使うのか.なぜそれらをまとめたような機能を持つ構造物を「1つ」だけ使うことをしないのか,ということです.


 確かに,生体内で使われる限られた資源を考えても,3つの構造物を作って使うより,1つの構造物で済ませる方が経済的で適応的な気がしませんか.そこでわざわざ3つ使う生物的な意味はなんなのだろう.


この答えはこうでした.


 ここでタンパク質を捕まえて,それらがあてはまるような構造を作る小胞をつくるには,構造物はタンパク質の立体構造に対応した形でなければなりません.タンパク質はその分子的な性質によって,丸やら楕円やら様々な立体構造をとり得ます.つまり,ここでのシステムはできるだけ多くの種類のタンパク質立体構造に対応したものでなければならないのです.
 まずこれが大前提.


 もし小胞形成を1つの構造物で担っているとしましょう.仮にタンパク質の構造が1000種類あれば,それに対応する構造物を生体は「1000種類」つくらなけらばなりません.これは結構細胞さんも大変そうです.


 一方3つの構造物が小胞形成に関わってるとすると,

  • 構造物1(cargo receptor)の種類を10通り
  • 構造物2(adaptin)の種類を10通り
  • 構造物3(clathrin)の種類を10通り

とそれぞれの構造物を10通り用意するだけで・・

全体的には 10×10×10=1000通り

 の構造を作り出すことができるのです! 
 

 なるほど,それぞれの構造を10通りつくる,これなら細胞さんも楽そうです.生体内の限られた資源も有効に活用できるといえるでしょう.


 つまり,多くの過程が存在する利点は,「積の法則」により,多様性を増すことがあったのです.


 これを聞いて思い出したのは,DNAとアミノ酸の対応.DNAはタンパク質の設計図です.DNAの遺伝情報からアミノ酸が形成し,それらが結合することで,生命活動に必要なタンパク質がつくられるんですね.

 ここで,DNAにはA,T,G,Cという4種類の塩基(情報)しかありません.一方アミノ酸の種類は20種類.


 Aが「プロリン」,Tが「メチオニン」…なんて1つ1つ塩基とアミノ酸を対応させていったら,DNAではわずか4種類のアミノ酸しか表現することができなくなります.
 

 じゃあこの4種類と20種類の間をどううめるか.限られたDNAの塩基で,どうやってアミノ酸を表現するか.ここで登場するのが掛け算の理論です.


 例えば2つの塩基で1つのアミノ酸に対応するとしましょう.すると 1つ目の塩基がA,T,G,Cの4通り.2つ目の塩基がA,T,G,Cの4通り.
 これより4×4=16種類のアミノ酸が表現できるのです.

 次に3つの塩基で1つのアミノ酸に対応するとしましょう.
 同様に考えて今度は 4×4×4=64通りのアミノ酸が表現できます.

 実際生物では3つの塩基が1つのアミノ酸に対応しています.

 つまり,ここでも多くの過程(3つの塩基)が存在することで,「積の法則」により多様性を増すことができているのですね.


 限られた資源からいかに生体内の多様性を増して,複雑な反応を起こさせたり,複雑な表現をしたりするか.いかにシンプルなものから複雑なものをつくりだすか.そこには共通の理論として掛け算の法則があるのですね.
 生物内の一見別々に見える現象がリンクして見えてとても感動しました.

 マクロだけじゃなくミクロ系もなかなかおもしろいな〜と実感.

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他にも掛け算の法則が適応できる生命現象が多々紹介されました.それは掛け算の法則のもう一つの大きな利点とあわせてまた紹介したいと思います.(つづく)